イスラエル 1948年関連エントリー

イスラエル、ガザから撤退

... イスラエルがガザ地区からの全イスラエル人入植者の引き揚げを断行したことで、1948年のイスラエル建国以来半世紀以上にわたるパレスチナ紛争の前途に「慎重な楽観」の光が兆してきたようだ。国内の多くの反対を押し切って撤退を決めたのが ...

イスラエル、ガザから撤退

今日は何の日 12月15日

... の覚書を出す 1945年 上野駅地下道の浮浪者2500人を一斉収容 1948年 年賀郵便の特別取扱いが9年ぶりに復活 1949年 セントラル野球連盟(セ・リーグ ... 水原弘の『黒い花びら』が大賞に 1961年 イスラエル特別法廷が、ナチス親衛隊中佐でユダヤ人虐殺の責任者 ...

今日は何の日 12月15日

イスラエル料理 シャマイム

... 約80ヶ国からユダヤ系移民が集まり、 1948年に独立しました。 ですから彼らが持ち込んだお料理は、東欧やロシアから、北アフリカと色々です。 でもやはり土地柄、中東料理が中心です。 そんなイスラエル料理で一番有名なのはここシャマイムです。 ...

イスラエル料理 シャマイム

イスラエルと日本国憲法

... 1948年、イスラエルの建国宣言。 そこにはパレスチナ人が住んでいたが、かまわずに占領し、パレスチナ人を迫害した。 被害者は立場が変わると、かつて自分を迫害した者と同じことをするという、人間の普遍的な罪 アメリカはイスラエルの肩を持った。 ...

イスラエルと日本国憲法

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イスラエルと日本国憲法

イスラエル 1948年に関するニュース


MSN産経ニュース

中東和平 楽観できない交渉入り
信濃毎日新聞
将来のパレスチナ国家の国境画定▽ユダヤ教、キリスト教、イスラム教の聖地が集まるエルサレムの帰属▽1948年イスラエル建国で故郷を追われたパレスチナ難民の帰還▽イスラエルが占領地で進めるユダヤ人の入植-など、争点が幾つもある。 紛争の歴史が長いだけに、 ...
パレスチナ―和平への道を米国が示せ朝日新聞
中東和平直接交渉の再開 進展の望みはあるのか?朝日新聞
中東和平へ直接交渉再開 入植めぐる対立浮き彫り中日新聞

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中東和平直接交渉、1年8か月ぶりに再開 2週間ごとに首脳会談
AFPBB News
ヒラリー・クリントン(Hillary Clinton)米国務長官も同席した交渉で、ネタニヤフ首相はアッバス議長に対し、イスラエルをユダヤ人国家として承認するよう求めた。 だがパレスチナ側は、イスラエル国家の承認により、1948年イスラエル建国時に発生したパレスチナ難民の ...


パレスチナ和平交渉
時事通信
1948年イスラエル建国で発生したパレスチナ紛争解決を目指す交渉。93年の暫定自治宣言(オスロ合意)を経て、パレスチナ自治政府が成立したが、先送りされたエルサレムの帰属や難民の帰還問題などが解決せず、国家樹立には至っていない。2000年9月に起きた ...


イスラエル・パレスチナ直接交渉再開へ
しんぶん赤旗
(カイロ=松本眞志) パレスチナ和平交渉 パレスチナ・イスラエル間の紛争解決を目指す交渉。ユダヤ人が1948年イスラエル国家を樹立した一方、パレスチナ人は67年の第3次中東戦争でイスラエルの占領下に置かれました。93年の暫定自治宣言(オスロ合意)に ...

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戦争の根本、訴え パネル展から
朝日新聞
イスラム研究に携わる東京大学の板垣雄三・名誉教授を招いて昨秋から半年間、北杜市で開かれた勉強会の受講生たちがつくった。1948年イスラエル独立でパレスチナ人が故郷を追われ、難民化した第1次中東戦争などの歴史をつづった。 企画した久松重光さん(61) ...

イスラエル 1948年旅行記

2003年ヨルダン・パレスチナ自治区旅行3、アンマンの散策を続ける。(by 堀昭夫さん)

イスラエル 1948年
11月25日(火)、26日(木)とアンマンの散策を続けた。
ヨルダンの首都アンマンは、1940年代後半まで人口は2万人程度にすぎなかったが、1948年のイスラエル建国、その後の中東戦争の影響でヨルダン川西岸を追われたパレスチナ難民が多数流入してきた為に、人口が急速に膨張した。
1980年代初頭には、レバノン内戦を逃れた人達もこの地に押し寄せたようだ。
現在の人口は80万人程で、その60パーセントがパレスチナ人らしい。
ー1970年のヨルダン内戦(黒い9月事件)によってヨルダンを追放される迄、PLO(パレスチナ解放機構)の本部が置かれていた。ー
余談だが立憲君主制をとるヨルダンで1999年死亡した前国王フセインの跡を継いだ息子のアブドゥーラと結婚したのがラーニア、知性と美貌を兼ね備えた王妃と呼ばれる彼女はクウェート生まれのパレスチナ人だ。
私がヨルダン滞在中もテレビ、新聞によく登場しその人気ぶりはかなりのものだった。
今後も国際舞台で,活躍が期待されている。

【旅行時期】2003/11/25~2003/11/26
【エリア】アンマン
【テーマ】ひとり旅
【投稿者】堀昭夫

2010GW 12日間世界一周 6ヶ国目:イスラエル編(by MARIELさん)

イスラエル 1948年
2010年のGWはスターアライアンスの世界一周航空券で12日間世界一周の女一人旅をしてきました。9月11日にニューヨーク行きの飛行機がフランクフルトに引き返し一周を断念した2001年のリベンジです。

「世界は案外小っちゃいな」と感じたい!というコンセプトで企画した旅だったけど、世界はやっぱり広いですね・・・。
でも、「世界を駆け抜ける!!」という感覚は味わえました。

前回は体力的に楽な西回りでしたが、今回はフライト時間が短く、かつ機中泊で時間を有効に使える東回り。

12日間、8ヶ国、9フライト(5キャリア)。世界を思いっきり楽しんできました♪

スケジュール
4/28 成田→サンフランシスコ
4/29 サンフランシスコ→メキシコシティ
5/1 メキシコシティ→
5/2 →フランクフルト
   フランクフルト→キプロス(南)
5/4 キプロス(北)→イスタンブール
   イスタンブール→イスラエル
5/6 イスラエル→ウィーン
5/7 ウィーン→ロンドン
5/8 ロンドン→
5/9 →成田

今回の旅のクライマックスとも言うべきイスラエルに到着です。本当はもっと時間をかけてじっくり見るべき国だとういうことは重々承知していましたが、パスポートの残存期間の関係で何が何でも旅程に組み込みたかったのです。

私は親アラブだということと、世界で出会う迷惑な旅人は大体イスラエル人(Ex.夜中まで集団で騒ぐ、ドミのキッチンでお鍋に余った料理を放置するetc.)という印象からイスラエルにあまり良いイメージは持っていなかったので、だからこそ自分の目でこの国を確かめたいと思っていました。

【旅行時期】2010/04/28~2010/05/09
【エリア】エルサレム
【テーマ】世界一周
【投稿者】MARIEL

聖地巡礼ツアー(by 天地自由人さん)

イスラエル 1948年
タイのバンコク経由でいったんエチオピアへ行き、エチオピアからイスラエル・テルアビブ空港へ。初めてテルアビブ空港に降り立った時には本当に不思議な感じがしました。というのも、私は70年安保闘争のころ京都で学生生活をしていましたが、1972年5月のテルアビブ空港乱射事件以来、日本赤軍の名が心に衝撃的に焼き付いていました。そんな中、日本赤軍やブントの戦旗派らによる授業妨害や学内での内ゲバなどに何度も遭遇していたころに、高校時代のテルアビブ事件やその後の第4次中東戦争など世界の火薬庫と言われていた中東情勢に深刻な思いがあったからです。
入国審査の時パスポートにハンコを押せば今後そのパスポートではアラブ圏に入国できないとの事だったので、スタンプ押印を丁寧に断って、無事入国できたんですが、同じように断った友人は1時間以上足止めされてしまいました。この地はそのような複雑な事情を抱えた場所だということです。
国連で解決する術のない中東問題の解決の道を探る思いでイスラエルに赴きましたが、その紛争・戦争の根となっているのは何かというのを目の当たりにしたのがエルサレムを訪問した時でした。聖地の中にユダヤ教、キリスト教、イスラム教の壁が厳然と横たわっていたからです。この壁さえなくなればイスラエルに平和が訪れるだろうと実感しました。
平和大行進のフィナーレを飾るインディペンデンスパークでの大会は本当に感激的でした。イスラームの指導者、ユダヤ教の指導者、キリスト教の指導者達がお互いに過去を悔い改め和解し、涙の抱擁をしたからです。本当に歴史的な出来事でした。
エルサレム観光はキリスト教の聖地、ユダヤ教の聖地(嘆きの壁)、イスラム教の聖地(黄金ドーム)を巡る。厳しいボデイチェックを無事通過して全体を観光した。
エルサレムは本当に美しい町です。
また、ガリラヤ湖から死海に注ぐヨルダン川を巡り、キブツ、クムランの遺跡(死海文書出土で知られる)、マサダの要塞を観光。悲しくも、哀れなイスラエルの民族の悲劇の歴史を知る。また、ホロコーストの記念館ではユダヤ民族の迫害と虐殺の歴史を多くの写真で目の当たりにして真の世界平和を祈らざるを得なかった。
本当にいろんなことを考えさせられたツアーだった。
また、イスラエルは果物や野菜が本当に美味しいところでした。とくに柿は絶品でした。よく洗って皮ごと食べて本当に美味しかったです。路地を歩くと生ジュースの屋台があって、とくにざくろジュースが本当に美味しかったです。
ただスーパーマケットに入店する際に列を作って、銃を持った軍人らしき人たちによる厳重なボデーチェックがあるのが面倒でした。店を出る時はレシートを機械に通すか人に見せるかしなければ出店できなかったのも、イスラエルの深刻な事情を物語っていたように感じました。帰国の時はテルアビブ空港で自爆テロがあり一時はどうなることかと思いましたが、バスガイドの話では自爆テロはイスラエルでは日本の交通事故みたいなものでそう珍しくないとのことでした。「自爆テロに会う人は運が悪かったんです」という表現をしていました。旅の最後まで劇的でスリリングな期間でした。…シャローム。

【旅行時期】2003/12/19~2003/12/27
【エリア】イスラエル
【テーマ】世界遺産・遺跡・秘境
【投稿者】天地自由人

夏のクリスマス★バイロンベイ(by moanaさん)

イスラエル 1948年
ニュージーランドからオーストラリアへ

オーストラリア本土の最も東にある小さな町
ヨーロッパ観光客が多く昼はビーチ、夜はバーにクラブ等賑わいを見せています。

夕方ブリスベンへ到着!!そこからバスでサーフィンのメッカバイロンベイへ

空港からバスターミナルまで移動
ターミナルからベイロンベイへ
当日のバスがあると思っていたら最終のバスは出た後。。。

どうしようかと悩んでいたら空港からバスターミナルのバスの道中に知り合ったイスラエル人もバスターミナル内で寝るとの事・・・
荷物も重いしホテルに移動するのも面倒だったので私も生まれて始めての野宿体験!!
思ったより寒くあまり眠れませんでした(泣)

翌朝バイロンベイまで約3時間
そこで友達と無事合流できました


【旅行時期】2000/12/23~2001/01/10
【エリア】ニューサウスウェールズ州
【テーマ】海外移住・ロングステイ
【投稿者】moana

2010GW 12日間世界一周 5ヶ国目:イスタンブール編(by MARIELさん)

イスラエル 1948年
2010年のGWはスターアライアンスの世界一周航空券で12日間世界一周の女一人旅をしてきました。9月11日にニューヨーク行きの飛行機がフランクフルトに引き返し一周を断念した2001年のリベンジです。

「世界は案外小っちゃいな」と感じたい!というコンセプトで企画した旅だったけど、世界はやっぱり広いですね・・・。
でも、「世界を駆け抜ける!!」という感覚は味わえました。

前回は体力的に楽な西回りでしたが、今回はフライト時間が短く、かつ機中泊で時間を有効に使える東回り。

12日間、8ヶ国、9フライト(5キャリア)。世界を思いっきり楽しんできました♪

スケジュール
4/28 成田→サンフランシスコ
4/29 サンフランシスコ→メキシコシティ
5/1 メキシコシティ→
5/2 →フランクフルト
   フランクフルト→キプロス(南)
5/4 キプロス(北)→イスタンブール
   イスタンブール→イスラエル
5/6 イスラエル→ウィーン
5/7 ウィーン→ロンドン
5/8 ロンドン→
5/9 →成田

当初イスタンブールは旅程に入っていませんでしたが、トルコへしかフライトのない北キプロスから出国するために追加しました。

わずかな時間での乗り継ぎ観光ですが、直近では8か月前に来ているので土地勘がありガイドブック無しでもOKだったので何とかなりました。

【旅行時期】2010/04/28~2010/05/09
【エリア】イスタンブール
【テーマ】世界一周
【投稿者】MARIEL